文芸社

2012年03月04日

第0章 八ッ森市連続少女殺害事件

2005年5月8日、東京都八ツ森市西岡町に住む当時36歳無職の「北白直哉(きたしろなおや)」は、同市内の雑木林にて少女「佐藤浅緋(さとうあわひ)」(9歳)を殺害、現場近くに居たとされる少年「石竹緑青(いしたけろくしょう)」(10歳)にも軽傷を負わせたとして警察に逮捕される。身柄の引き渡しについては、一般の男性会社員から警察に引き渡される。その場の状況証拠、本人の自供等から日本警察では彼が一連の少女殺害事件の犯人と断定。法廷では、一連の事件の被害者、少女4人に対する殺人罪から無期懲役の判決が一度下されるが、重度の精神障害が明らかになり、その身を更生施設に移送される。



主よ、私を御救い下さい。私は穢れています。
だから私は父に殴られ、母に首を締められるのです。それはどうしようも無い事なのです。幾ら手や体を綺麗に洗ったところでその穢れを消し去る事は出来ません。それはこの魂が醜く汚れているからなのです。その醜さは腐臭を生み、周りの者に不快を与え、不幸と憎しみを種に暴力を生み出します。私は存在する価値などない只の汚れた存在です。その事は私にとって悲しい事実ですが仕方ありません。私は自らの意思で以って肉体と魂を浄化しなければなりません。あぁ・・・それでも私はあの穢れ無き肉体と魂を持つ彼女達に近付きたい。私は許されるのでしょうか。そして、その願いが聞き届けられるのでしたらもう何も要るものなんてございません。私のこの瑣末な命さえ必要とあらば惜しむ事無く主に捧げましょう。どうか私をお救い下さい。



北白直哉は僅かながらにも物足りなさを感じているようだった。これまでとは違い、絞殺された後の少女の体を切り裂いた為、体内から吹き出る出血量が少なかったのだろう。体中から力無く出た赤い液体が彼の体や衣服を染めあげていく。「足りない・・・かも知れない」彼がそう呟くと事切れている彼女の胸部から下腹部にかけてナイフを滑らかに滑らせる。その体の内包物が力なく溢れ落ちる。北白はその臓物には目もくれず両の手を少女のどす黒い虚空へと滑り込ませ自らの体を合わせる様に重ねた。彼女の徐々に失われていく体温はまるで彼に吸い取られている様に思えた。「あぁ、暖かい」と彼が呟いた。
木の枝が踏み折られる音がした。その方向を振り返ると、一人の少女が彼女と融合した北白を見つめていた。被害者の佐藤浅緋とは同世代ぐらいだろうが、佐藤よりは少々大人
びて見えるその容姿は、淡く優しい色をした黄金の髪と、深く澄んだ緑の瞳が特徴的だ。つまる所、外人さんという奴だ。その佇まいはこの世のものではない超常的な存在を感じさせる。そして北白は一言呟いた「天使様」と。
その言葉に我に返った少女の顔が、神秘的なものから悲痛なものへと変化する。彼女の奇妙なまでに澄んだ叫び声が鬱蒼と茂る木々に木霊する。その場から逃げ出そうとする少女。しかし、恐怖で体が動かないようだ。無様に尻餅をついている。羽織っていた黄色いレインコートの尻の部分が地面の泥で茶色く汚れてしまう。北白はその血塗れの体のまま、野良猫に近付くように甘い声を出し、天使を決して逃さないように静かに歩み寄ろうとした。こちらに視線を向けると、その場に倒れているもう一人の少年に気付いたようだ。すると彼女震えが急に止まったのが解った。何かを覚悟したように高身長の北白を見上げると彼女は森の中に駆け出した。
深い森の中に木々のざわめきを残し、両者の姿が消えて行く。その場に残されたのは無残な姿に変わり果てた彼女と一人の少年だった。死を経験した彼女の瞳は目の前の少年を捉えているようにも見えた。その瞳には何も感情はこもっていない。彼女は死の間際、何に思いを巡らせたのだろうか。直にこの森を覆う霧は濃く深くなり、夕闇が辺りを支配し始めるだろう。



私は鬱蒼と木々が繁る森を駆ける。恐怖で呼吸が上手く出来ない。二つの肺がキリキリ痛む。顎の震えが止まらない。脚にも充分力が入らない。けどまだ勝機はある。
次第に暗くなっていく森はこちらに有利に作用するはずだ。問題なのは、私と奴の移動速度だ。私の走る速度を遥かに越えてあいつは追い駆けて来る。歩幅も体力も違いすぎる。駄目だ、そのうち追い付かれてしまう。
追い付かれて私は……きっと、彼女と同じめに合うのだ。彼女の様に首を絞め殺された後、切り刻まれて無惨に血と臓物を垂れ流すのだ。嫌だ、あんな奴に私は汚されたくない。汚されたくない。自分がどこを走り回っているのかもろくに解らなくなっている。この森は、私の縄張りみたいなもの。過去に一度としてそんな事は無かった。けど、今日見る森の景色はどこか違って見える。まるであいつと一緒に私を弄んでいるみたいだ。乾ききった口で精一杯叫んでみても、森の出口付近に居るパパの場所までは恐らく声は届かないだろう。それでも何度も何度も叫ぶ!何かが近付いて来る感覚がある。血の気が引いていく。それは恐らく死だ。死が形を持って私に近付いて来る。私にとってのあの大人の人は死なんだ。恐怖でなんだか笑ってしまった。そうか、ここで私は死ぬんだ。混乱していた私の頭の中に冷たい感覚がすべり込んでくる。妙に冷静だ。死ぬのに。私は森の奥深く、斜面になっている所を上に上にと登っていく。近くに水の流れる音がする。
いっそ入水自殺でもしようかな。そしたら、私が納棺された時、ろっくんに見られても
恥ずかしくないな。あ、でも、これが殺人事件扱いになったら、私は恐らく司法解剖されるだろう。あの男に、全てを見られた上にまた私は、他の大人にも全てを見られなければいけない。大人から見たら恐らく、小さい事だと思うけど、やっぱりとっても我慢出来ないや。ろっくん…あ、今はサバイバルごっこ中だから、コードネームはアオミドロか。
そんなどうでもいい事が頭を巡る。私は森を駆ける。細い木々が等間隔に並ぶ地帯を抜けて、背の高い草木が密生して生えている場所に出る。足は限界。震えている。
ろっくんの名前を叫んでみた。意味の無い事は解っている。彼は、先程のあの場所に居て気を失っていたのだ。額から血を流して……本当はもう彼も死んでしまっているかも知れない。そう思うと、涙が溢れてくる。そうか、人は死に直面しても自分の為には泣けないんだ。初めて知ったよ。ろっくん。
「あーあ、こんな事なら先に婚約しとけばよかった」
諦めにも近い言葉を口から出す。その声を聞きつけた男が、遠くから返事をする。
「そこにいるんですね!天使様!」
彼はこちらの位置を完全に把握している訳では無い。距離も二百M程離れている。
ここで諦めたら、ろっくんやパパ達と……もうサバイバルごっこも出来ない。将来お嫁さんにもなれない。嫌だ、嫌だ、そんなのは嫌だ!私の中の感情が涙と共に蘇ってくる。
どこか遠くから……獣の鳴き声を聞いた気がした。日が沈み、もうすぐ闇が辺りを支配する。私の運命は絶望的だ。追いかけてくるあいつに殺され死体を嬲られるか、森の奥深くに潜む獣達に食い散らかされるかのどちらかだ。そんなのは嫌だ!
恐怖が理性を支配し、それに反比例するように何か別の感情が沸々と湧き上がってくる。生きたいという本能だ。それを体の中に強く感じる・・・何だろうこの感覚は・・・。これまで自分が抱いた事の無い感覚だ。
後ろから迫るあの男の声では無い誰かの声が聞こえた気がした。私は助けが来たのかと辺りを見渡すが誰も居ない。囁くほどの声の主は自分の内から聞こえてきているようだった。目を瞑り耳を澄ませてその声に意識を集中させる。私は馬鹿だ。もうすぐあいつがやってくるというのに。その声は人のものでは無い様だった。まるで獰猛な獣の唸り声だ。耳を澄まさないと解らない程度だが、その唸り声は……私自身から聞こえてくるようだった。そしてその唸りは次第に私の中で大きく木霊するようになってくる。
自分の中で、何かが静かに変化していくのが解る。目を開ける。夕闇が迫る風景、薄暗いはずの辺りは、再び息吹を取り戻し、本来の私の狩り場へと姿を変える。そうだ、ここの地形は全て把握している。恐怖が私をおかしくしてしまっていたんだ。なんで今まで思い出せなかったんだろう。それまで体を支配していた恐怖が嘘の様に晴れていく。私は追われる獲物では無い事を自覚する。そうだ狩る側の獣だ。獲物を狡猾に待ち伏せし、罠に嵌め、その喉笛に牙を突き立てるものだ。
私の中で何かが姿を変えていく。外見的な変化は無いが、それは私自身にははっきりと判った。私は敢えて歩きにくい斜面を更に上に登り、自身の身丈以上はある草木に更に入
り込んでいく。 あいつはそれでも追い掛けてくる。それでいい。先程とは状況が違う。移動する私の物音を頼りに追い掛けて来い。そのまましばらく走り続けると、男の体力にも限界がきたのか、距離は既に三百Mほど空いていた。このまま走り続ける事が可能なら逃げ仰せる距離だ。しかし私はその選択を拒否する。逃げる気などない。狩る側の猟犬として立場を変化させたのだから……。ここは罠を張るには丁度いい地形だ。昔見たランボーという大好きな映画を思い出す。私は最初、主人公が敵兵に対して残酷だろうと思って、怖くて好きになれなかった、けど、今ならその気持ちが解る。そしてその行為も理解が出来た。殺さなければ殺される状況だからだ。私は、物音を最小限に抑え、適度な大きさをもつ石が無いかを確認しながら、腰のポーチからナイフとワイヤーを静かに取り出す。私はそして準備にとりかかった……。さぁ私という疑似餌を目当てにのこのことその醜い姿を現せ!この日本の家畜野郎!奪わせはしない、私の未来を!アハ、アハハハハハハ・・・!

第1章へ続く
posted by 管理人哀原 なつき at 15:33| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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