文芸社

2012年04月17日

第6章 2年A組襲撃事件

杉村蜂蜜への関心がほんの僅かではあるが薄らぎ始めた頃、(ランカスター先生の登場により、生徒の関心が分断されたのもあるが)八ツ森高校の雰囲気に慣れたのか彼女の表情は和やかなものへと変化しつつあった。時折、僕と目線が合う時があるのだが、特に会話は無い。うーん、僕の事覚えて無いのか他人の空似ってやつかな?それに、彼女が髪を結っている左右のリボンは、本来なら彼女が嫌う青色だ。それを好んで付けているのは少し腑に落ちない。まぁそんな事より、この調子なら、しばらく待てば彼女と話すのに順番待ちしなくて済みそうだ。何を話すべきか……やぁ、僕の事覚えているかい?ろっくんだよ?それにしても君は本当に綺麗になったね。却下。ねぇ、どうして僕の前から姿を消したの?一言あってもよかった気がするんだけど……却下。学校には慣れた?そういえばあのスクールカウンセラーの先生とは知り合いなの?へぇーそうなんだ。でさ、今の君にとって僕ってどういう存在?却下。同じ高校のしかも同じクラスになれるだなんてすごい偶然だね。嫌、これはもう運命ってやつかな?うおぉ!ダメだ!そんなキャラじゃねぇーーー!!
どれもなんかダメな気がするー!頭の中が混沌と化してきたのでとりあえず、無理無く難無く自然に任せる事にする。僕は待つ。

ちなみに彼女の教室での席は、彼女の目の良さも幸いして、廊下側の席から2列目の最後尾の席だ。

4月19日、その日の放課後も僕は佐藤の喫茶店で寛ぐ事にした。あわよくば夕御飯を御馳走になろうという魂胆だ。若草もついて来るかな?人の気配がして横を見ると、さっさと身支度を済ませた佐藤が急かす様に足踏みをしている。僕は特に慌てる素振りも見せずに鞄に荷物を詰め込む。そこに不意に後ろから大きな声がした。
「あの!!!石竹君?」
何故疑問形?と思いながら不意に大きな声をかけられた為、驚きつつ振り返る僕。
そこには、誰にも周りを囲まれていない杉村蜂蜜の姿があった。ソロデビューしましたか?いや、なんか神々しい。アイドルがここにいますよ、皆さん。視線を僕から佐藤に移す杉村。
「あ、そだ。確か……佐藤さん……?も今日何か用事ある?」
僕は無意識にも彼女の懐かしい声色に耳を傾けていた。話の内容など聞いてない。
「石竹緑青くん?」とまたもや疑問形の杉村、いや、そうだ返事をしないと。
杉村くん、今日も綺麗だね……いや、違う。どこの会社の上司だ。問題です、この7年
間僕は何をしていたでしょうか?いや、ノリが違う。えっと、えと、折角のチャンスが愚鈍な思考回路の性でどんどん潰れていく。佐藤からは、何呆けてるの?と突っ込まれるし。
そうだ、確か今日用事が無いかどうか聞いてきたんだっけ。まずはそれに答えよう。
「用事…?今日?僕は佐藤の喫茶店に遊びに行く位で、特にこれと言ってはないけど」
「あのね、あなた達を呼んでるの。都合が付く時でいいから、ゼノヴィア……スクールカウンセラーの人が話をしたいって。あとワカクサって男子も」
スクールカウンセラーがなんの用事だろ?しかも僕ら仲良し3人組みに?
「わかったよ、ありがとう杉村。若草には僕から伝えておくし、今日早速顔を出してみるよ。佐藤の喫茶店に行くのは大した用事ではないし……」脇腹を佐藤に小突かれる僕。僕からの返事を一時停止状態で待機していた杉村蜂蜜は僕の返事と供に活動を再開する。「うん、よかった。用件は伝えたからね?それじゃあ……ね、私は帰るから。またね、ろっ……緑青君!えへへ」うお!眩しい、何だか彼女がデレて笑っているように見えた。
って、何やってんだ僕は!本人か確認するチャンスだったのに!
いや、ハニー=レヴィアン本人には間違い無いと思うが、問題なのは7年経った現在、僕の事をどう思っているかだ。まだ情報が少ない。自意識過剰はよくないし。
って!?あ、あれ?確か、クラスの自己紹介の時って、僕は居なかったよね?自己紹介してないのに……さっきフルネームで呼ばれた気がする。咄嗟に彼女の方を見ると、既に教室から出ようとしていて、なんだか彼女は終始笑顔でご機嫌な様子だった。
彼女は、友達と帰るというかダラダラと寄り道する習慣は無い様だ。帰り道で出会う生徒に一緒に帰らない?という誘いを全部撥ね退けているようだった。特に男子生徒に声をかけられた時なんかはろくに返事もせず、慌てて逃げるように帰っていく。
人気者は辛いなぁ。僕なんて声をかけられるのは、佐藤か若草くらいだもんな。しかも、この2人は、違う友達からの誘いも時々ある訳だが、何故だかそれらの誘いを断り僕をチョイスしてくる。不思議だ。
あ、思い出した、僕のフルネームを覚えていたのはきっと田宮がクラスメイトの名簿を作成して彼女に渡すって言っていたし、それのおかげだ。きっと。1人納得した様に頷く僕。

いつの間にかクラスの窓に群がっていた男子生徒が僕に流れ込んで来ていて、その1人に胸倉を掴まれた。えっ何?隣に居る佐藤も怪訝な顔をしている。

「おい!今、俺達の女神、杉村様に何を話された!彼女、笑顔だったぞ!しかもとびきりのデレ顔だ!万死に値するぞ!」
僕はとりあえず、先輩の男子生徒の手を払うと、僕もよく解りませんと答える。
なんて羨ましい!!と回りの男子から呻きの様な悲しみの声が聞こえて来る。

「笑顔ひとつで何をそんな……」

「俺なんて、俺なんて!!話しかけても何だか、怯えられ逃げられてしまうんだぞ!彼女から話しかけられた事と言えば……あの、殿方、チャックが全開で……周りの人にコソコソ笑われていまするよ?だぞ!」
嘆いている割には何だか嬉しそうな表情をしている先輩。窓の外に居た男子生徒達は互いに何か作戦を練っているような、愚痴りあっているような。ハッキリしない感じで2年A組を占拠している。正直邪魔だな。あのスクールカウンセラーの所に行かないといけないのだけど。丁重に彼らの横を通り抜けようとした時、その状況が耐え切れなくなったのか後ろの席から田宮の激が飛ぶ。

「ここは2年A組の教室です!扉の前で大勢でたむろしないで下さい!
迷惑千万、紛いなりにも先輩ともあろう方々が、不躾です!!」

……教室を支配していた喧噪が、田宮の一言により雲散し、場は田宮の支配下に晒される。僕への詰問を諦め、しょんぼりとして2年A組を退去していく大勢の男子生徒達。
「全く、男はみんなこうなのかしら?」とすごい差別的な言葉を発してイライラしている学年代表。「ありがとう、田宮、助かった」その言葉に何故か戸惑う田宮。
「え、あぁ、いいのよ。ああいう連中は虫が好かないだけだから気にしないで」

静けさの中、全くそんな状況を気にしていない若草が、帰宅の準備を終え、教室の奥の席からこちらにやってくる。さぁ帰ろうかと一言呑気に声をかけられる。僕は先刻の杉村の用件を若草にも話す。用件を了承した若草は僕達と供にスクールカウンセラーが在室するカウンセリング室へと足を運ぶ事となった。なぜ、杉村経由で僕に口添えられたのかは解らなかったが、後ほどランカスター先生に聞いてみると彼女がわざわざ仕向けた様だ。自分で言えばいいのに。それでもって、その日僕等は正式に“非公式”な深層心理研究に入部させられる運びとなった。カウンセリング室にて先生の話を聞いている時に出されたケーキを食べたという子供染みた因縁を付けられて半ば強制的に入部させられる。佐藤も初めは面倒そうだったが、犯罪心理学も学べると聞いてからは楽しみしているみたいだった。うーん、佐藤の趣味は解らん。

次の日の朝、いつもの様に靴箱で上履きに履き替えてクラス棟の階段を上がり、3階を目指しているとなんだか妙に騒がしい気がした。

まだまだ眠気が残る意識の中、諸生徒の喧噪は普段とはまた違った色を帯びている。そ
のざわめきは恐怖の色を濃く現している様に思えた。3階に辿りつき、2年A組の前でやってくると、本来なら中にいるはずの生徒が、全員教室の外に出て来ていた。
入り口の扉の前では、しきりに田宮が教室内に入らないように訴えかけている。

僕は嫌な予感がして、人混みの中を掻き分けて後ろの田宮が居ない方の扉を開けて中を覗く。

そこに広がっていた光景は、いつも目にする穏やかな教室と比べて180度佇まいを変えていた。運動場側の窓は全て割られている。割れた窓の隙間から暖かい風が僕の横を擦り抜けて行く。天井から垂れた緑のカーテンが風に戦いでいる。床にはガラスの破片が散りばめられており、足の踏み場も無い状態だ。窓以外に荒らされた形跡は無い。
少しずつ僕は教室の中に入って状況を確認する。今は誰も居ない。僕1人の教室。あと一点昨日の教室の風景とは違う景色が広がって居た。大きな黒板に赤いスプレーの文字でこう書かれていたのだ。

≪天使様、何故私を浄化して下さらなかったのですか?≫

意味不明である。
完全に悪質な悪戯である。
僕はてっきり、僕に対する嫌がらせかと思った。

小学生の時、両親が僕の前から姿を消した後、白いチョークで誰かが黒板に僕に対する嫌みを書いていたのだ。≪つまころしのこども、ろくしょうくん≫確かにその文字は子供の字で書かれていたが、僕は子供心ながら確信していた。周りの大人達は表には出さないが、裏では僕の事を忌み嫌っているのだと。犯罪者の子供なんて恐ろしくて、自分の子供を近付けさせたくないのだという事を。

嫌な事を思い出してしまった。にしても悪質な悪戯だな。

教室の外から教室の中に入らないで!という田宮の叫びが聞こえて来る。
最初、僕に向けて発せられたものと思い、体をびくつかせるがそうでは無かったようだ。

ガラスを踏みしめる音を聞き、振り返るとそこには上履きのままの杉村蜂蜜が、足元のガラスの破片に注意しながらこちらに近付いてくる。
「これ、ろっくんがしたの?」
「なんで僕がガラスを割らないといけないんだ。もう17歳だし。
って杉村、お前入って来たらあぶな……」
すぐに異変に気付く僕、彼女は他の何も目に入っていないかの様に、黒板の文字を凝視し続けている。その瞳からは先程まで感じられていた生気が全く感じられない。
「なんだろな、この怪文章。まぁ僕の悪口じゃなくてよかったけど。にしても悪質な……」

彼女が呟くように囁いた。

『 ……天使……浄化……。あいつが、あいつがまた…… 』

杉村?と様子がいつもと違う杉村に声をかけるが、何かを呟き続けるだけで一向に反応しない。こういうショッキングな出来事は初めてなのだろう。少し動揺しているようだ。
と、そこにすごい勢いで担任の荒川静夢がやってきて、大きな怒声で僕等を教室から追い出した。珍しく田宮に対しても注意をしている。
「あれほど誰も中に入れるなと言っただろう!」
田宮は謝る一方で、僕等の不注意の性にはしなかった。
すまん、田宮。

僕等はその日、すぐさま家に帰される事になった。
そして事態を重く見た教員達の決定により、警察に通報され教室の修繕期間はクラス棟の別の空いている部屋で授業が行われる事となった。

ある男子生徒の報告3……4月20日、僕等の教室は何者かに襲撃されました。黒板に書かれた文字を視てからの杉村の表情はどこか優れないようです。あと教室が滅茶苦茶です。

えと、こんな感じの報告書でいいのかな?ランカスター先生?にしてもなんで僕だけこんな課題を出すんですか?え、秘密?何それ?



それからの彼女は日を追う事に様子が変化していく。
最初は何かに怯えるようにして物音に異常に反応を示す様になる。
青白い顔、摂食障害に陥ったのか昼食時になっても彼女は何も口にしなくなった。
ふらつく彼女を心配するクラスメイトに対しては、大丈夫だから心配無用だと受け答えしていたが、次第に誰とも口を聞かなくなる。彼女の異変に過敏に反応する女子生徒は彼
女と距離を置くようになる。それでも彼女の男子生徒からの人気は衰える事は無く、1週間ほど経った後も彼女のファンは居なくなる事は無かった。彼女の容体の変化にランカスター心理士は、非常に素早い対応をとる。彼女が以前に患っていた偏執病(パラノイア)の説明と理解を全教員と一部の生徒に行ない、彼女に対して下手に刺激を与えないようにと特別処置を学校側に申請していた。が、その申請が受理される前に、体育教員による強引な生徒指導により彼女の中の何かが事切れた。それまで全てに対して怯えていた彼女の様子は反転し、近付く全ての者を薙ぎ倒す鬼神と化す。

僕の心理部での課題、彼女の観察報告書を元にランカスター先生が作成した報告書が校内関係者に配布され、彼女への注意を呼び掛ける事には成功したが、根本的原因である歩く凶器と化した彼女を止める術は未だ見つかっていない。

尚、彼女へ不用意に近付きさえしなければ安全は確保されている為、強制退学にはされていない。主な被害者は勧告しているにも関わらず彼女へ近付く男性生徒なので、自業自得いったところだ。でも何かおかしい。普通なら教師を病院送りした時点で何かしらの処置が彼女になされてもおかしくは無いはずなのに、周りの大人は何故か黙認している。
しばらくして2年A組のクラスは警察の捜査が終了し、解放された。
教室に戻ると供に席替えを名目とした安全対策がとられ、杉村蜂蜜は廊下側の一番後ろの席が指定される。生徒との接触が少ない一番後ろの席なら被害を最小限に抑えられそうだからという理由でだ。ちなみに僕は窓側の席の一番後ろの席だ。
僕等の日常は教室が解放されて戻って来た。けど、杉村自身の日常はまだ戻って来ていない。なぁ杉村。お前はそんな事を望んでいたのか?1人になる事を望んでこの高校に転校してきたのか?違うだろ?俺はなんだか無性に悔しくなった。何も出来ない自分自身と、杉村を居ないものとして扱い、平和な日常を取り戻せた気でいるクラスメイトにだ。
なぁ、お前ら、教室を襲撃した犯人はまだ見つかってないんだろ?本当にこのまま何事も無く、3年に上がって無事平穏に卒業出来るって本気で信じているのか?何の形跡も残さず破壊の限りを尽くした犯人。窓ガラスだけじゃない、杉村の心も破壊していったんだぞ?何も思わないのか、杉村は唯一の被害者なんだぞ……。

ん?犯人は何が狙いだ?何か目的があったのだとしたら……
それが達成されているのだとしたら……杉村の心の破壊?

僕はその辿りついた推測に何かとてつもない悪意を感じた。
このまま、何も起こらなければいいのだけど……。

posted by 管理人哀原 なつき at 17:53| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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