文芸社

2012年05月10日

第8章 這い寄る馬鹿

2年A組の教室に朝の陽光が差し込む。生徒達の表情は穏やかで2週間前に起きた事件の事など頭に無いようで思い思い各自に仲の良い者同士でおしゃべりに興じている。真新しい黒板は独特の化学的な臭気を放ち、塗り直された壁は妙に綺麗で違和感を感じる。窓ガラスも良く見れば曇り1つ無い新品である。

あの事件の日以来クラスメイトは事件を無かったものとして扱っているようだった。話題に出す者は自然と誰1人として居ない。彼らにとって、あの事件は過去のもの。すでに解決した関係の無い出来事と化していた。

仕方ない事だとは思う。僕等はただの高校生。なんの力も無い。何か起きても教師や警察の力を借りる以外の術を知らない。でもさぁ……あの事件の性で彼女は変わってしまったんだぞ?それを何とも思わないのか?自分達さえ良ければそれでいいのか?

僕は憤りの目をクラス内に向け、窓側の席とは丁度真反対に座している杉村の方を見る。

あれからというもの、彼女の目に生気は感じられなくなった。
時折何かを囁いているようだが、その声は誰の耳にも届かない。
いや、届いていたとしても無いものとして扱われている。
彼女の周りに人は居なくなった。それが例え本人の望んでいた事だとしても、手の平を返したような態度は、人間の浅ましさを嫌でも感じさせた。

その点で言えば、例え何度薙ぎ倒されても彼女を存在する人間として認め、少しでもお近付きになろうと奮闘している「杉村蜂蜜同好会」の面々には正直救われている。
(この同好の会は彼女の転校初日から、秘密裏に存在していたらしい。メンバーは距離を置きながらも熱い視線を彼女に送っていたあの面子だ。僕に掴みかかってきたあの先輩が会長を務めているらしい。そして、その同好会から僕は目の敵にされている。)

僕は手帳に彼女の様子を書き記す。ここに書く内容がそのままランカスター先生へ提出される訳では無い。

[6月4日、杉村蜂蜜の様子は昨日と比べて変化無し。

自らの席に着いたまま微動だにしない。ただ、時折クラスを見渡すように眺めている。]

転校当初、時折こちらに感じた視線は全く無くなっていた。彼女にとって恐らく僕もその他大勢の1人なのだろう。ランカスター先生が、僕に何かを期待しているのは解るがその期待に答えられるかは解らない。今日も1日あの席を動く事は無いだろう。
例え教室移動があったとしても、彼女は何故か微動だにそこの席から離れようとしないのだ。消された(?)体育教師の件もあり、教師も無理矢理連れて行こうとはしない。彼女が素行を咎められないのは、ランカスター先生の他の教師へ理解を求めて貰う為の努力が貢献している事を知るのは一部の人間だけだ。

「石竹くん?イライラしてる?」

そう声をかけてきたのは佐藤深緋だ。
なんで解ったのかを聞くと無意識に僕は“額の傷”を掻いていたらしい。
この額の傷がどうやって出来たのか僕は知らない。気付いたらあった。
佐藤が僕の心理状態を見抜いた訳は、心理部における活動にて深層心理を学んだ際“無意識の癖による心理状態の現れ”についてレクチャーがありその時に佐藤が僕の癖に気付いたらしかった。あ、そういえば石竹君はよく額の傷を無意識に掻いているわって具合に思い出したのだ。癖か……佐藤自身の癖は、他人と居る時はそんな素振りは見せないけど、ふと1人で居る所を見かけると、どこか悲しげで思いつめた表情をしている事かな?ん?これ癖じゃないか。時々、口をへの字に曲げているあれかな?若草は、冗談を言う時に妖しくニヤリと笑う。普段は軽口なのに、真剣な話をする時は、一呼吸必ず間を置く事かな?
ちなみに杉村の癖は……相手の返答を待つ際に、微動だに動かなくなる。一時停止状態をキープするのだ。最も今の彼女はまた別の癖というか危険な性質を持っているが。学年代表の田宮の癖は相手と話す時に、平常時は相手の目を真っ直ぐ視るのに対し、他人に対して親切な事をしようとするとまともに目が見れなくなる事だ。癖って、自分じゃ解らない無意識がさせる事らしいから厄介だ。担任の荒川は常に目が死んでいる(笑)が面白い事を見つけると目が活き活きする。ランカスター先生は佐藤とは違い別の意味で掴み所が無い。あ、そういえば佐藤の相手をしなければ。

「佐藤は大丈夫か?あの事件の影響は出て無い?」

その事を聞かれてどこかハッとする佐藤。丸い眼が、更に丸さを増している。
動揺を隠しきれない佐藤の挙動から、やはり事件には触れない方がいいみたいだ。
違う話題を話そうとした時、横から声をかけられる。と言っても石竹に声をかける人物は限られている。若草青磁だ。

最近、仲が良い僕等の事をクラスメイトは石竹緑青の“青”と、若草青磁の“青”からブルーブルーコンビと呼ばれている。氏名に青色と関連がある文字が使われている人達を集めてブルーブルー教でも作ろうかな。今度、先生にお願いして生徒の名簿を見せて貰おうか。そして青い衣服と青い被り物を着用して青いペンキ片手に、金髪の少女を牢屋に監禁して世界を救う少年達の邪魔を……と、まぁ妄想はその辺にしておいて若草をこれ以上無視は出来ない。

「おい?聞いてるか?恋愛心理学を利用した年下の女の子を落とす必勝法を考えたんだが、聞いてくれるか?吊り橋効果を利用して……」
「実行に移さないと保証してくれるなら聞いてやってもいいけど?」
「緑青のいじわる!」なんだかいじけてしまう若草。

その後、今日の部活動をどうするか話し合う。心理部の活動日は部員任せなのである。
ちなみにランカカスター先生は僕等の他にも1年や3年の部員を何人か抱えているのだが、僕等はまだ会わせて貰えてない。いつかは紹介してくれるとの事だが僕等と違って本当に何かしらの心の病を抱えている人達らしいので、ランカスター先生の心理士としての配慮が垣間見れたりする。僕等に対してはユルい態度を崩さない彼女にはまだまだ謎が多い。それにしてもこの部活、やってて意味があるのかな?将来就職する時に有利に働いたりするのかな?僕が心理士を目指す人間なら話は別だけどそんな事になる確率は極めて低い。なるなら……マクドナロドの正社員かな?いや、僕は何がしたいんだろう、僕は一体何が出来る人間なのだろうか。そんな答えの出ない事を考えていると、騒がしい教室の後ろの扉が開かれて誰かが入って来た。

その黄色いネクタイの人物には見覚えがあった。
「あいつは確か……ストーカー?」
僕の呟きに反応して、扉を開けて入って来た少年を見る佐藤と若草。
「ん?なんだあいつ?」
「黄色いネクタイって事は1年よね?」
最初はクラスのほとんどの人間が気付いていないようだったが彼の進行方向に周りの人間がざわめきだし、次第に全員が注目する。彼の歩みは扉すぐ近くの席に座っている僕の幼馴染に向かっているからだ。喫茶店の娘、佐藤の方では無い。歩く殺人兵器、杉村蜂蜜の方だ。僕は慌てて立ち上がると彼女と彼の間に割り込もうとするが、明らかに間に合わない距離だ。それなら彼女の方を何とかしないと!僕は駆け寄る前に一言声をかける。
「ストーカーくん!それ以上彼女に近づい……た、ぐへっ!」
僕は何とか彼女の攻撃を止めさせる為に、彼女の死角から近付き、両肩を掴もうと迫っ
たが、僕の手が彼女の肩に触れる事は無かった。こちらが見えていないはずの彼女の裏拳が僕の顔面にクリーンヒットしたからだ。僕は1mほどふっとばされた。なんていうか一瞬何されたか判らなかった。彼女は顔を此方に向ける事無く目の前に迫るストーカーの後輩を睨み付け、右手の袖からトンファーを素早く取り出すと戦闘態勢に移行する。
「所属と氏名を名乗れ、それ以上近づくと殺す」
慌てて立ち止まる後輩の彼。敵意が無い事をアピールしているのか両手を上げている。
その光景を教室に居る誰もが注目していた。佐藤と若草は慌てて僕がこれ以上彼女からの攻撃に曝されない為に、僕の体を彼女の領域から引っ張り出してくれる。まるで銃弾飛び交う戦場から退避させるみたいに。数メートル先では、2人の膠着状態が続いている。
「また忘れちゃったんですか?僕は貴女のファン『鳩羽 竜胆』ですよ!」
幼い顔つきの彼が柔和な笑顔で爽やかに答える。先日、僕が彼女に殴られてしまう切欠を作り出した憎き後輩のストーカー。まだ懲りていないらしい。ナイフで軽く足を裂かれたというのに。っていうか、あいつが原因で彼女に殴られるの二回目だ。原因は僕のお節介から来ているとはいえ、なんたる巻き添え。彼もこちらに気付き、視線を僕に移す。対照的に彼女は彼から視線を外さない。さすがは戦士である。
「あれ?先輩は確か、匂いフェチの……?」
彼の言葉を聞いた杉村蜂蜜は、慌てて顔を此方に向ける。おいおい戦士じゃなかったのか?それより、匂いフェチで僕だと認識された事がなんかダメージ大きい。流れる鼻血を止める為に佐藤が用意してくれたハンカチで鼻を押さえる僕を見て、顔を赤らめる杉村蜂蜜。彼女の口から「ろっ……」という言葉が発せられた瞬間、彼女の侵入してはいけない領域に鳩羽竜胆が足を踏み入れてしまう。杉村蜂蜜はその事実を目で確認する事無く鳩羽への攻撃態勢に移り、右手に握られていたトンファーのグリップをきつく握り、誰の目にも留まらない速さでそれは彼に打ち込まれた。鳩羽はそれを防ぐ為の回避行動すら出来ていない。

教室に硬質的な打撃音が響く、その音の大きさにクラスメイト全員がこちらに向き直る。

思わず目を閉じてしまったが少し違和感。
鳩羽に直撃したならもっと鈍い音が響くはずだ。

一陣の風が教室をすり抜ける。

教室は静寂に包まれ、時が止まったかのように誰も動こうとしない。いや、クラスの張りつめた空気に全員が動けないのだ。時が動き出したのは杉村のトンファーから放たれた一撃が鳩羽に当る寸前の所で止まっている事を全員が確認出来てからだ。
よく見ると、トンファーが何か棒の様なものに遮られて、鳩羽への打撃を阻んでいた。

攻撃を繰り出したはずの杉村自身も何が起きたかを理解出来ず、動揺の表情を隠せずに居た。杉村からの一撃を防いだ棒を辿っていくと、鳩羽の背後から誰かが棒を突き出していた。見たことの無い顔。鳩羽の背後から伸びる棒は、よく見ると木刀でその柄を握るのは……誰だ?。鳩羽が杉村を確認してから背後を振りかえると、その命の恩人の名前を口にする。

「東雲 雀(しののめ すずめ)先輩?」

開いていた教室の扉から音も立てず、誰の目にも留まる事の無い杉村の動きを捉え、ピンポイントでその打撃を木刀で防いだ人物が口を開く。

「うちの部員になんてマネをしてくれている?剣道の大会に支障がでたら責任をとってくれるのか?金髪のお嬢さん?」

杉村の表情が厳しいものに変わる。
「こいつは敵だ。邪魔をするな」
「敵の敵は……私の敵だ」

鳩羽の目の前でトンファーと木刀が交差する。
どちらも凶器だ。
杉村がその一歩を踏み出した瞬間、東雲先輩とよばれた女性は鳩羽を後方に引っ張り安全な場所に退避させると同時に両手で木刀を握り直す。杉村からいつの間にか撃ち込まれていたトンファーを木刀を斜めにして受け止める。

「所属と氏名を名乗れ?目的は何?」

「2年B組、東雲 雀 。剣道部副将。目的は……そうだな、鳩羽に用事があって1年の教室に向かったら、ここに居ると聞いてやってきた。そして、後輩君のピンチのように思えたから助けた。」

「そう。貴女は敵?味方?」
聞いといて興味無さそうに答える杉村。
「大きな目で見れば味方。だが、今は敵だ」
この子あほだ。この状況下で敵だと答えたら更に攻撃されてしまう。

折角杉村蜂蜜の警戒が、先程の目的の答えを通じて和らいだというのに。
予想通り、杉村の拳に更なる力が入る。
「敵なら、排除する。誰にもクイーンは傷つけさせない」
「クイーン?女王?あ、そっか、確か君は杉村蜂蜜。イギリスからの転校生だったわね。
大丈夫、あなたの国の女王に敵対するつもりはないわ。」
東雲の警戒態勢が取れて、木刀を下げる。本人は気付いてないが、杉村が時々口にするクイーンは別の事を指していると僕は思う。
その隙をついて杉村は躊躇無く東雲の顔面に向かって攻撃を繰り出す。
卑怯な気がしたが、東雲は東雲で悪い気がする。あくまで戦場での話になるが。
一般的には、東雲は全然悪くない。大きな音を立て攻撃は鳩羽の体にヒットした。杉村の攻撃に反応して鳩羽が間に体を挟んできたのだ。
「おまえ!何を馬鹿な事を!」「いえ、いいんです。これは僕の問題ですか……ら……」
鳩羽が苦しそうにその場に蹲る。更に続ける鳩羽。
「東雲先輩も……気にしないで下さい、これは僕が好きでやっている事ですから」
と言い残し気を失う鳩羽竜胆君。全くもってストーカー君の言う通りなのだが、事情を知らない東雲は憤り、怒りを露わにする。対する杉村は冷静だ。ワンステップバックして、背中に隠し持っているトンファーをもう1本取り出し、今度は左手にも装着する。

クラスメイトは何時の間にか教室の隅の方まで退避していた。逃げ遅れたのは、僕等3人組だけである。こんな時に学年代表の田宮稲穂は、荒川先生の用事で職員棟に居る。鳩羽が倒れた今、止める人間は僕以外居ない。鼻血は止まった。よし!
僕は介抱してくれている佐藤の安全を確認した後、立ち上がる。すぐさま僕を止めに入る佐藤、若草も僕の肩を掴んで制止する。いつもは僕に杉村探しの旅に出掛けるように促す2人も危険を敏感に感じ取っている。でも止めなければ、東雲さんの命が危ない。剣道部とはいえ一般の女子が特殊訓練を受けた化け物染みた杉村蜂蜜に敵うはずが無い。

木刀を一転して下段に構える東雲。
「許さない。お前の行ないは武士道にあるまじき愚行だ」

2本のトンファーを両腕に構える本気の杉村蜂蜜。
「武士道?そんな精神論、戦場じゃなんの役にも立たないわ。諦めて死になさい」

固唾を飲んで見守る観衆。

これまでは一方的に杉村が他者を叩きのめす場面しか目撃して来なかった。
しかし、これはどういう事だ?
いつの間にか放たれた杉村の初撃は、きっちりと東雲の木刀により受け止められ、往なされ、反対側からの一撃が放たれようとしたのを敏感に感じ取った東雲はそのまま間合いを無くし、全身で体当たりする。身長差で言うと東雲の方が杉村をゆうに越している為、体格差でパワー負けした杉村は近くの机に激しく叩きつけられる。

この東雲雀という子は結構やる。
その辺の男子より、下手したら杉村蜂蜜以上かも知れない!

初手は自らが優位に立ったとはいえ、微動だに表情を緩めない東雲。
そして武士道を貫いく為か、尻餅をついている杉村に一切追撃しようとしない。

まさに武人である。

するりと音も無く無動作で東雲に襲いかかる杉村は交差するように棍を振り抜き、互いに上段と下段を狙った打撃を放つ。

上段からの攻撃を木刀で防ぐが、下段からの攻撃を受けきれず、足を救われてしまう。
体格差のある相手を責めるにはまず足から潰す。杉村は最初から足を狙っていたのだ。

そこから杉村の猛攻は止まらず、姿勢を低くした状態から次々と棍を打ち込んでいく。
対する東雲は、姿勢を崩したまま打撃を避け、それ以上踏み込まれないように木刀の切っ先で相手を牽制している。

このままでは東雲の方が危ない、そう判断した僕は止める為に中断を促す。

「辞めろ、杉村!それ以上は……!」

勢いよく距離を詰めて呼びかけた僕に僅かながらに反応する杉村、しかしその勢いは止まらなかった。

だが、相手はその僅かな隙を見逃さなかった。

低い姿勢から体のバネを十分に利用して僅かに出来た杉村の隙を、木刀の切っ先が捉える。

再び教室内の時間が止まった。

木刀の切っ先は、杉村の鼻先僅かな所で静止していた。

それは完全な決着を意味していた。

「それ以上近付くなら、そのかわいい鼻先を潰す事になるぞ」

何やら呟く杉村。

「……クイーンの顔に傷は付けられない。そちらの要望、了解した」

互いの間合いを離すと、それぞれの得物を収める両者。

杉村は、倒れた自分の席を元に戻すと何事も無かったかのように席に着いた。
対する東雲はどこか嬉しそうな顔をして鳩羽をお姫様抱っこして連れていく。

扉の前で一度杉村の方に向き直ると、一言付け加えた。

「そこにいる男の呼びかけが無ければ、私はお前にやられていた。
その強さ、認めよう。まだこの学校にも猛者がいたのだな。いずれ決着は付けよう」

フフフッ、と笑いながら2年A組を後にする東雲雀。
それに対して特に反応を示さない杉村。

僕は一言呟いた。

「また変な奴が1人増えた」

※ある男子生徒の報告4……
杉村蜂蜜に好敵手が出来ました。
その子の名前は「東雲 雀(しののめ すずめ)」。
高身長でセミロングの黒髪。前髪をヘアピンで止めているのが印象的で、武士道を貫く武人でした。

posted by 管理人哀原 なつき at 15:20| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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