文芸社

2012年06月09日

第9章 たったひとつのれいがい

※杉村蜂蜜同好会規定(2012.6.5)
其1,我らは彼女を女神とし、崇拝する。
其2,汝ら女神に必要以上に近付く事無かれ。
其3,何度拒絶されても諦めるな、我らの人生は女神と供にある。
其4,女神を孤独にしてはならない。
其5,女神に危害を加える者を我らは決して許さない。
其6,同好会会員は女神の情報を共有する事。


ライバルと腕を競う杉村蜂蜜(楽しそう)
に加えて杉村同好会と鳩羽が小競り合い。(無益な争い)

東雲雀が現れて以来、2年A組の日常風景は少し変わった。
晴れて東雲のライバルと認められた杉村蜂蜜はことある事に彼女からの決闘を受けていた。毎朝の事はもちろん場所を選ばずにだ。いや、正確には東雲が木刀を片手に殴りかかってくるから、杉村としても敵と見なさざるを得ない訳だが。杉村の攻撃対象が今のところ東雲に集中しているからだろうか、心なしか教師や生徒の表情は穏やかだ。

さりとて今日も2年A組に硬質的な打撃音が響く。

「ふむ、やはりリーチが長い筈の私の一撃がお前に届かないという事は……」
常人の目では追えない程の東雲の木刀による突きが杉村を襲う。
それを目で捉える事無く寸前の高さで避ける杉村、リーチの長い東雲の懐に臆さず突っ込んでいく。が、あと一歩というところで大抵東雲は杉村から遠ざかるか、剣術以外の体術で彼女の態勢を崩すのだ。
「くっ、何故だ!私の間合いである距離であるにも関わらず、こうも攻撃が防がれてしまう!」杉村の悔しそうな言葉が教室に響く。焦っている杉村を見るのはなんだか新鮮だ。人間、不思議なものでこういう光景も毎朝続くと慣れてくるもので案外平気になってくる。なんだか微笑ましいもの見ているように鈍化されている自分とクラスメイトがそこに居た。

そういう意味ではあの東雲という子には感謝している。
横にいる佐藤が囁く。
「東雲さんって、男勝りだけど結構ファンが多いらしいよ?」
興味無さげに若草が答える。
「確かに身長高いし、足も長い。顔も整ってる方だし、スタイルもいい。
モデル体型ってやつだな。俺は興味範囲外だが」
「あなたにとってはそうよね。でも、あれで恋人いないのは何だか勿体無いわ。
素直で少し天然な所も男子にはポイントが高いらしいし。」
佐藤が羨ましそうな目で剣技を繰り出す東雲を見つめる。
おっと、杉村のトンファーが東雲の頭をかすめ、ヘアピンが弾け飛ぶ。
焦っている東雲が僕の席から見える。杉村はしたり顔になっている。
「ねぇ、石竹君はどっちが好み?」
え、僕に振るの?
僕は東雲と言う子をあまり知らない。とりあえず、顔を確認してみる。
うん、日本人の顔だ。ヘアピンが外れて前髪が下ろされた状態にある今は、少し清楚な感じがして結構好みかも。頬もなんだか赤くなっているし。
「鳩羽ぁ!そいつをよこせぇ!!」
東雲の怒号が教室に響く。少し距離を置いて杉村の近くに杉村同好会の面々と供に居た鳩羽は、慌てて持っていた木刀を彼女に放り投げるとそれを回転しながら受け取る彼女。
わざわざ回転したのは杉村に隙を突かせない為の配慮だ。杉村の表情が変わり、距離を置く。初めて見る東雲の戦闘スタイルに危険を敏感に感じ取ったらしい。
「二刀流?剣道なのに?」
僕の疑問の声を聞きつけた鳩羽が近くにやって来る。耳がいいな。
「東雲先輩の真価はですね、2刀流で発揮されるんです。本来の彼女は剣道と言うよりは“杖道”の使い手でもありますが、家系的に“二天一流”にその籍を置く人なんです」
なんだか嬉しそうな鳩羽。
「じょうどう?にてんいちりゅう?ってなんだ?」
「あ、杖道っていうのはですね……、まぁ剣道に似た感じなんですけど、主に木の棒や木刀を使用した武道で……二天一流っていうのはあの宮本武蔵が開祖した……」
「あぁ、宮本武蔵ね」話が長くなりそうだったので、何となく相槌を打って話を止めた。
対する杉村も、もう1本のトンファーを背中から取り出した。誰も突っ込まないけど、お前の背中は四次元か!って言いたい。じりじりと互いの間合いを測り、距離を詰めていく両者。固唾を飲んで見守る観衆。と、僕の視界に佐藤の童顔が映り込む。
「で、どっちが好みなの?」
あ、そうか、その質問の途中だった。
佐藤の後方で再び打撃音が幾つも炸裂している。
「好みで言うと、やっぱり杉村かな?」
「やっぱり!」何だかプリプリ怒る佐藤。
とそこにぞろぞろと同好会の面々が僕と鳩羽の元にやってくる。
「鳩羽くん!まだ私の話は終わっていないぞ!君も是非我が会に入会してくれたまえ!」
鳩羽が迷惑そうに首を振る。
「嫌ですよ、あんな会に入るのは。ただの振られた男子同士の慰め合いの会でしょ?
僕は、へこたれませんよ!何度気を失わされてもね!」
杉村同好会会長の先輩……細馬 奨(さいば しょう)が苦虫を潰したような顔になる。
「違う、我らは女神を崇め、見守る組織、言わば保護団体の様なものなのだ!ちなみにこれが会員証で特注して作って貰った。裏面には会員規定も載っているぞ?どうだ入らないか?」「嫌です。それに保護って……彼女はパンダじゃありませんよ。それに彼女は女神でもありません、どちらかというと天使のイメージです。彼女の事は天使と呼んで下さい!」「いや、女神だ!彼女の黄金の輝きは月の女神アルテミスを彷彿とさせる」「いえ、彼女のあの輝きは天使の光輪と白い翼をイメージさせます!」どっちでもいい。正直うんざりしていた僕は「トイレに行く」と言って席を立つ。
僕が席を後にすると鳩羽と細馬会長は掴みあいの喧嘩に発展してしまう。彼らは1つ穴の狢だというのに。対する僕はどうなんろうか。彼女にとって僕は同じ狢なのだろうか。以前ランカスター先生が話していた、彼女にとって僕は特別なんだと。
決闘中の杉村達の横を通り、後ろの扉から出ようとすると、大きな音がした。
杉村が東雲に剣技で僕の席近くまで吹き飛ばされてしまったのだ。離れてて良かった。
「これだ!この手応え!これを確かめたかった!」東雲の歓喜に震える声が響く。
杉村は手が痺れたのか、トンファーを両方とも床に落としてしまう。
武人である東雲はもちろんそんな杉村を攻撃する事は無いので安心して見て居られる。

ふと視線を杉村の後方に目を向ける。

お互いに夢中になって近くに女神天使が居る事に気付かない狢(むじな)が2人。ストーカー鳩羽とファン代表細馬先輩。。嫌な予感がする。あのトラブルメーカー共め。掴みあいの喧嘩をしていた鳩羽が細馬先輩に突き飛ばされて杉村の背中にぶつかってしまった。いわんこっちゃない。
彼女に対する警告無視の0距離接触は前例が無いが……恐らくそれは危険を意味する。僕はトイレに行こうとしていたが、慌てて引き返す。鳩羽が誰の背中にぶつかったのかを確認する刹那の時間、僕はそれを垣間見た。杉村のスカートが翻り、腿にベルトで固定されているナイフを取り出すと、振り向き様に鳩羽に突き刺そうとしているのだ。
「間に合えー!!!」
と自分では気付かないうちに大きな声を出して杉村にヘッドスライディングをする形で飛
び込む僕。目を瞑っていて僕は解らなかったが、教室内にいる誰もが僕の大きな声に反応していたらしい。クラスの注目を浴びながら、杉村にヘッドスライディングを決め込む僕。
数秒後の僕の命運は既に決まっているかも知れない。あの銀色に光るナイフが僕の体内にねじ込まれる未来。そうである確率は高かった。

数秒後、どうなったのかというと……

杉村は僕の声に動きを止めてくれたようで、しゃがんでいる状態で静止しているようだった。そして、あろうことか僕の頭は彼女のスカートの中にあった。僕が目を開けた時、暗幕の中自分がどこにいるかが解らなかったのはその為だ。彼女のスカートの中は……まさに武器庫でした。具体的には誰にも何も教えられないけど。いや、言ったら殺されるからね。意識を現実に戻す。彼女のか細い声がスカート越し、僕の上方から聞こえて来る。
「ろっくん……あ、あの……」
近くで鳩羽と細馬先輩の声が聞こえる。
「おぉ、女神が近くいるぞ!」
「天使です!いや、それより、僕がぶつかったのってもしかして杉村天使先輩?」
「ぐぬぬ!貴様、なんて羨ま……」
2人の会話がぴたりと止まる。
どうやら、今の状況を正確に把握したらしい。
「おい、鳩羽とやら」
「なんですか、先輩?」
「我らの敵は誰だ?」
「そんなこと言うまでもありませんよ。天使様の……」
「女神様の神聖なスカートの中に顔を突っ込んでいる不届き者」
「「石竹だぁ!!」」
2人の重なる声が教室に響く。その声に反応してクラスメイト数人の囁く声が杉村のスカート越しに聞こえて来る。
「(……え、あれ石竹くん?)」
「(さっきの声って石竹くんだったわよね?)」
「(真面目そうに見えて、石竹くん変態だったのね)」
「(…確か、前にも杉村の靴の匂いを嗅いで半殺しにされたらしいからな)」
「(なんて命知らずな奴だ)」
「(……あいつももしかして体育の前田みたいに消されるんじゃね?)」
対する杉村は、すぐ傍に鳩羽と細馬先輩が居るので引くにも引けず、かといって僕の頭が前にもあるから身動きが取れないでいた。そんな状況下、どうしていいものか戸惑い、体を揺らしている。そんな状況を打破してくれたのは例によって例のごとく学年代表の田宮
稲穂だ。その時ほど彼女に感謝した事はない。対する僕もその時は状況が飲みこめず、意識が混乱していたからだ。僕の両足を持って、杉村のスカートの中から救出してくれる。ずるずると情けないかっこで、這いずる僕。「よいしょっと。杉村さん、まぁ事故なんだと思うけど、石竹君をセクハラで訴える?」慌てて首を振る杉村。その表情はどこか転入時の彼女本来のものの様な気がした。後ろを振り返り、東雲にも注意を促す田宮。
「コラ、すず!あんたの事だから言っても聞かないし昔の好で大目に見ていたけど、周りを巻き込まないの!」と背伸びをして東雲に対して拳骨を落とす田宮。
「うぐ、すまぬ。つい本気で……」
「貴女もよく言ってるでしょ?制御出来ない力はただの暴力だって」
しゅんとする東雲。田宮は辺りを見渡して近くの落ちていたヘアピンを持ち主の東雲に渡す。田宮に礼を言うと、東雲は髪を留めだす。木刀も鳩羽に投げて返すと、自分の木刀の切っ先を杉村に向ける。
「今日はこれぐらいにしておいてやるが、いずれ決着はつけよう!」
対する杉村は対照的に困った表情で受け答えする。
「勝負の決着に興味はないの。出来る限り私には近付かないで下さい。いつか貴女は死にますよ?」制服の乱れをきちんと正す杉村。
その発言に対して自信満々に答える東雲。
「そんな短いナイフ1本で私に勝てると……」
慌てて僕は立ち上がると、はちゃめちゃな奇声を上げて東雲の口を塞いだ。
「思って……ふごほふ……む?(何をする?)おあえは(お前は)……?」
「石竹緑青。このクラスの住人で没個性君だ」
「むぅぅ……で?」
彼女の良すぎる動態視力は音速を超えそうな勢いの杉村の動きを捉え、その眼にナイフをしっかりと焼き付けていたのだ。これはまずい。
「(どうか、あのナイフの事はご内密に)」
「ふぐぐふぉ(なぜナイフの事を秘密に)?」
あ、ダメだこの人。ナイフを凶器とすら認識していない武道の人だった。
確かに木刀を持ち歩いているくらいだもんな。この子なら帯刀してても違和感ないけど。
「(でないと、彼女停学になってしばらく東雲さんと戦え無くなってしまいますよ?)」
「ふぐごご。(それは困る。了解した)ほにゃに?(お前は確か、何時ぞや杉村に隙を作った男子?)」
「え、あぁ……鳩羽が杉村にやられた時の事か」
「ん?」
何やら東雲は考え事をするように動きを止める。
「……」
「東雲……さん?」
すぐ近くでは田宮が2年A組に群がってきていた他のクラスの生徒を追い払っている。
「ほうか……ほういう事か……」
東雲がしばらく考え込んだ後、何かに気付いたようだった。
東雲は静かに僕の手を口元から離すとこう僕に囁きかけた。
「先程の件は了解した。石竹緑青くん。君のクラスで騒ぎすぎてすまなかった。
それもただのぬか喜びだったというのに情けない話だ。」
困惑する僕を余所に、その身を翻し教室から颯爽と出て行く東雲。
「ちょ、ちょっと東雲さん!杉村との勝負は勝ったんじゃ?喜んでいいと思うけど!」
僕は東雲の言葉が正確に理解出来ず、後を追う様に声をかける。
悲しそうに微笑みながら此方を振りかえる東雲。
「確かに勝負にはこれで2回勝てた。ただ、そのどちら供に君が協力してくれていた事に変わりは無い。そんな勝利に意味はないんだよ」
「僕が?」
こくりと頷くと自らの教室に帰っていく東雲。少し寂しそうな後ろ姿を眺める僕。
と、その時、再び教室から悲鳴が聞こえた。
慌てて2年A組の教室に戻ると、そこにはトンファーを構えた杉村蜂蜜の姿があり、床には細馬先輩の体が横たわっていた。
「何があった鳩羽!」
「細馬先輩が彼女に近付いて、気付いたらこうなってました」
おかしい。先程、鳩羽が背中にぶつかった時はこうはならなかった。

いや違う!

彼女は鳩羽にナイフを突き立てようとした。なぜそうならなかったのか。
それは僕が……。

先程の東雲との会話を思い出す。

数歩ずつ慎重に鳩羽に対して開会態勢をとっている杉村蜂蜜に近付く。
先程まで賑やかだった教室が一変し、生徒は息を潜めている。

僕の接近に気付いた杉村はこちらへ向き直る。

背後に居る鳩羽への警戒態勢は解けていない。
「石竹くん!辞めなさい!」田宮が静止する。
それを振りきる。

杉村蜂蜜が俯き気味に僕に返答を迫る。

「所属と氏名を答えて……」

僕の額に嫌な汗が滲み出る。
その質問には答えずに、更に数歩杉村に近付く。
いつの間にか杉村の構えていたトンファーは力無く垂れ下っている。
彼女への距離があと2、3歩という所まで近付いた時、再びあの質問が繰り返される。

「所属と氏名を答えて……」

更にあと一歩僕は近付く。
完全に彼女のパーソナルスペースを侵害している距離に侵入する。

佐藤からは悲痛な叫び声が聞こえて来る。
後ろからは田宮に背中を引っ張られる。
その手を振りほどき、僕は歩みを止めなかった。

彼女の息遣いがはっきりと解る距離まで近づく。

「所属と……」

ランカスター先生の“あなたは彼女にとって特別なの”という言葉を思い出す。
そして、彼女が転校してきてからの1ヵ月を振り返りながら僕はひとつの答えを導き出す。
彼女のか細い両肩に僕は両手を置く。
その瞬間、周りからは小さい悲鳴が聞こえる。
それもそうだ、何人もの男子生徒がこの距離に近付いただけで保健室送りにさせられてきたのだから。僕の一度は保健室……では無く、カウンセリング室に送られている。

俯いている彼女は無言だった。
俯き気味の彼女の頬には、金色をした睫毛がその影を落としている。
陶器のように白いその肌や蜂蜜の様な優しい輝きを放つその髪は当時と変わり無い。
脳裏に彼女との思い出が写し出される。
彼女と初めて出会った紫陽花が咲くあの公園。
いつまでも振り止まない雨。
黄色いレインコートに青い傘。

彼女の俯いていた顔がこちらの瞳を覗きこむ。
その頬は心なしか桃色に染まっている。

その瞳の色は僕の名前と同じ緑青色。

小さい頃、友達になった僕達は彼女のお父さんと一緒によく森で遊んだ。
僕等が小学生になると彼女に付きそう形で一緒に戦争ごっこを楽しんだ。

恐らく彼女も同じことを思い出しているのだろう。
彼女の他の生徒にまず始めにする質問は、最初から僕へと宛てられたメッセージだったのだ。彼女の精神がひどく混乱し、解離性障害を引き起こし、それでも尚、深い意識の奥底で僕の事を強く思っていてくれたのだ。

僕は彼女の両肩から手を離すと、一転し彼女に敬礼する。

僕が所属していた彼女の部隊名と自らのコードネームを思い出す。

「所属部隊HoneyBee(蜜蜂) 所属、コードネームSpirogyra(アオミドロ)であります!」

その場に居る全員が不思議なものを見るような目で此方を見ている。
それはそうだろう、当事者以外解らないのだから。担当医のランカスター先生でもだ。
2人だけに解る思い出が僕等にはあった。

彼女は一瞬驚いたような表情をした後、肩を震わせてその透き通るように綺麗な瞳から大粒の涙をポロポロと流し始める。それでも僕の事を真っ直ぐ見詰めたままの杉村蜂蜜。そのひとつひとつの涙が宝石のような輝きを持ち合わせていた。そして静かに言葉を彼女は放つ。

「用件を話して……」

少し微笑みながら僕は答える。

「ハッ!また昔みたいに仲良くしてほしいであります!
ホーネット部隊長殿!いや、僕の幼馴染、最初の友達、ハニー=レヴィアン!」

彼女は一度下を向くと何かを囁く。

「ダメ、ダメだよ、ろっくん。私に近付いちゃ……あぶないよ?
でも……だけど……会いたかった、ずっと会いたかったの!」

その言葉と供に彼女が僕に抱きついてくる。
それを静かに受け止める僕。

「僕もだよ」

目を擦りながら、僕の方に顔を近付けるハニー=レヴィアン。
「私の事、覚えてくれててありがとう」
「忘れる訳無いよ。僕の最初の友達を」
2人は泣きながら声を上げて笑いあった。

何時の間にか教室中は拍手の海に包まれていた。
何かよくわかんないけど、2人ともよかったな!と祝福してくれている。

杉村の肩越しに見える鳩羽や杉村同好会の面々は悲痛な叫びを上げている。

僕らはこの日、本当の意味で再会した。
彼女からは7年前と変わらない蜂蜜の様な甘い香りが漂っていた。

※ある男子生徒の報告5……彼女は僕の事を覚えていました。
追記:僕の推測はこうだ。
彼女のパーソナルスペースに僕(石竹緑青)が居る時にだけ 彼女は他の攻撃対象すらも無視して警戒態勢を解く。
つまり、ランカスター先生の仮定を採用すると、 攻撃的な性格の人格が対応している場合でも、 僕が彼女に近付き、それを彼女が認識さえしていれば
本来の彼女の人格に戻るのだ。
数回に渡る東雲との決闘に於いてもそれらは証明されている。 これで、なにかが変わればいい。僕はそう強く願った。


抱き合う僕等。
ふと僕が疑問を口にしてしまう。

「あれ?それって……僕が一生彼女の傍に居なければいけないって事?」

きょとんとした顔でこちらを見上げている杉村蜂蜜。
その美貌はこの距離でもいかんなく発揮されて眩暈がしそうになる。
僕はついついそれもいいかと思ってしまう。

「どうしたの?アオミドロ?」

「ううん、何でも無い……って!そっちの名前でこれから呼ばれるの?」

「いや?」

「“ろっくん”の方でお願いします」

彼女は微笑みながら用件を了承した。

「あ、そう言えば、なんで黙って僕の前から姿を消したんだ?
挨拶くらいしてくれても……」

怯えた様な顔を見せる彼女。

「あ、えぇっと、ごめんね?」

戸惑い気味の彼女は慌てて取り繕う様に答えた。
その表情がどんな意味を持っていたのか、僕は解らなかったけど、まぁいい。
今は友達と再会出来た事を喜ぶべきなのだから。

〜第10章へ続く
posted by 管理人哀原 なつき at 16:53| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月10日

第8章 這い寄る馬鹿

2年A組の教室に朝の陽光が差し込む。生徒達の表情は穏やかで2週間前に起きた事件の事など頭に無いようで思い思い各自に仲の良い者同士でおしゃべりに興じている。真新しい黒板は独特の化学的な臭気を放ち、塗り直された壁は妙に綺麗で違和感を感じる。窓ガラスも良く見れば曇り1つ無い新品である。

あの事件の日以来クラスメイトは事件を無かったものとして扱っているようだった。話題に出す者は自然と誰1人として居ない。彼らにとって、あの事件は過去のもの。すでに解決した関係の無い出来事と化していた。

仕方ない事だとは思う。僕等はただの高校生。なんの力も無い。何か起きても教師や警察の力を借りる以外の術を知らない。でもさぁ……あの事件の性で彼女は変わってしまったんだぞ?それを何とも思わないのか?自分達さえ良ければそれでいいのか?

僕は憤りの目をクラス内に向け、窓側の席とは丁度真反対に座している杉村の方を見る。

あれからというもの、彼女の目に生気は感じられなくなった。
時折何かを囁いているようだが、その声は誰の耳にも届かない。
いや、届いていたとしても無いものとして扱われている。
彼女の周りに人は居なくなった。それが例え本人の望んでいた事だとしても、手の平を返したような態度は、人間の浅ましさを嫌でも感じさせた。

その点で言えば、例え何度薙ぎ倒されても彼女を存在する人間として認め、少しでもお近付きになろうと奮闘している「杉村蜂蜜同好会」の面々には正直救われている。
(この同好の会は彼女の転校初日から、秘密裏に存在していたらしい。メンバーは距離を置きながらも熱い視線を彼女に送っていたあの面子だ。僕に掴みかかってきたあの先輩が会長を務めているらしい。そして、その同好会から僕は目の敵にされている。)

僕は手帳に彼女の様子を書き記す。ここに書く内容がそのままランカスター先生へ提出される訳では無い。

[6月4日、杉村蜂蜜の様子は昨日と比べて変化無し。

自らの席に着いたまま微動だにしない。ただ、時折クラスを見渡すように眺めている。]

転校当初、時折こちらに感じた視線は全く無くなっていた。彼女にとって恐らく僕もその他大勢の1人なのだろう。ランカスター先生が、僕に何かを期待しているのは解るがその期待に答えられるかは解らない。今日も1日あの席を動く事は無いだろう。
例え教室移動があったとしても、彼女は何故か微動だにそこの席から離れようとしないのだ。消された(?)体育教師の件もあり、教師も無理矢理連れて行こうとはしない。彼女が素行を咎められないのは、ランカスター先生の他の教師へ理解を求めて貰う為の努力が貢献している事を知るのは一部の人間だけだ。

「石竹くん?イライラしてる?」

そう声をかけてきたのは佐藤深緋だ。
なんで解ったのかを聞くと無意識に僕は“額の傷”を掻いていたらしい。
この額の傷がどうやって出来たのか僕は知らない。気付いたらあった。
佐藤が僕の心理状態を見抜いた訳は、心理部における活動にて深層心理を学んだ際“無意識の癖による心理状態の現れ”についてレクチャーがありその時に佐藤が僕の癖に気付いたらしかった。あ、そういえば石竹君はよく額の傷を無意識に掻いているわって具合に思い出したのだ。癖か……佐藤自身の癖は、他人と居る時はそんな素振りは見せないけど、ふと1人で居る所を見かけると、どこか悲しげで思いつめた表情をしている事かな?ん?これ癖じゃないか。時々、口をへの字に曲げているあれかな?若草は、冗談を言う時に妖しくニヤリと笑う。普段は軽口なのに、真剣な話をする時は、一呼吸必ず間を置く事かな?
ちなみに杉村の癖は……相手の返答を待つ際に、微動だに動かなくなる。一時停止状態をキープするのだ。最も今の彼女はまた別の癖というか危険な性質を持っているが。学年代表の田宮の癖は相手と話す時に、平常時は相手の目を真っ直ぐ視るのに対し、他人に対して親切な事をしようとするとまともに目が見れなくなる事だ。癖って、自分じゃ解らない無意識がさせる事らしいから厄介だ。担任の荒川は常に目が死んでいる(笑)が面白い事を見つけると目が活き活きする。ランカスター先生は佐藤とは違い別の意味で掴み所が無い。あ、そういえば佐藤の相手をしなければ。

「佐藤は大丈夫か?あの事件の影響は出て無い?」

その事を聞かれてどこかハッとする佐藤。丸い眼が、更に丸さを増している。
動揺を隠しきれない佐藤の挙動から、やはり事件には触れない方がいいみたいだ。
違う話題を話そうとした時、横から声をかけられる。と言っても石竹に声をかける人物は限られている。若草青磁だ。

最近、仲が良い僕等の事をクラスメイトは石竹緑青の“青”と、若草青磁の“青”からブルーブルーコンビと呼ばれている。氏名に青色と関連がある文字が使われている人達を集めてブルーブルー教でも作ろうかな。今度、先生にお願いして生徒の名簿を見せて貰おうか。そして青い衣服と青い被り物を着用して青いペンキ片手に、金髪の少女を牢屋に監禁して世界を救う少年達の邪魔を……と、まぁ妄想はその辺にしておいて若草をこれ以上無視は出来ない。

「おい?聞いてるか?恋愛心理学を利用した年下の女の子を落とす必勝法を考えたんだが、聞いてくれるか?吊り橋効果を利用して……」
「実行に移さないと保証してくれるなら聞いてやってもいいけど?」
「緑青のいじわる!」なんだかいじけてしまう若草。

その後、今日の部活動をどうするか話し合う。心理部の活動日は部員任せなのである。
ちなみにランカカスター先生は僕等の他にも1年や3年の部員を何人か抱えているのだが、僕等はまだ会わせて貰えてない。いつかは紹介してくれるとの事だが僕等と違って本当に何かしらの心の病を抱えている人達らしいので、ランカスター先生の心理士としての配慮が垣間見れたりする。僕等に対してはユルい態度を崩さない彼女にはまだまだ謎が多い。それにしてもこの部活、やってて意味があるのかな?将来就職する時に有利に働いたりするのかな?僕が心理士を目指す人間なら話は別だけどそんな事になる確率は極めて低い。なるなら……マクドナロドの正社員かな?いや、僕は何がしたいんだろう、僕は一体何が出来る人間なのだろうか。そんな答えの出ない事を考えていると、騒がしい教室の後ろの扉が開かれて誰かが入って来た。

その黄色いネクタイの人物には見覚えがあった。
「あいつは確か……ストーカー?」
僕の呟きに反応して、扉を開けて入って来た少年を見る佐藤と若草。
「ん?なんだあいつ?」
「黄色いネクタイって事は1年よね?」
最初はクラスのほとんどの人間が気付いていないようだったが彼の進行方向に周りの人間がざわめきだし、次第に全員が注目する。彼の歩みは扉すぐ近くの席に座っている僕の幼馴染に向かっているからだ。喫茶店の娘、佐藤の方では無い。歩く殺人兵器、杉村蜂蜜の方だ。僕は慌てて立ち上がると彼女と彼の間に割り込もうとするが、明らかに間に合わない距離だ。それなら彼女の方を何とかしないと!僕は駆け寄る前に一言声をかける。
「ストーカーくん!それ以上彼女に近づい……た、ぐへっ!」
僕は何とか彼女の攻撃を止めさせる為に、彼女の死角から近付き、両肩を掴もうと迫っ
たが、僕の手が彼女の肩に触れる事は無かった。こちらが見えていないはずの彼女の裏拳が僕の顔面にクリーンヒットしたからだ。僕は1mほどふっとばされた。なんていうか一瞬何されたか判らなかった。彼女は顔を此方に向ける事無く目の前に迫るストーカーの後輩を睨み付け、右手の袖からトンファーを素早く取り出すと戦闘態勢に移行する。
「所属と氏名を名乗れ、それ以上近づくと殺す」
慌てて立ち止まる後輩の彼。敵意が無い事をアピールしているのか両手を上げている。
その光景を教室に居る誰もが注目していた。佐藤と若草は慌てて僕がこれ以上彼女からの攻撃に曝されない為に、僕の体を彼女の領域から引っ張り出してくれる。まるで銃弾飛び交う戦場から退避させるみたいに。数メートル先では、2人の膠着状態が続いている。
「また忘れちゃったんですか?僕は貴女のファン『鳩羽 竜胆』ですよ!」
幼い顔つきの彼が柔和な笑顔で爽やかに答える。先日、僕が彼女に殴られてしまう切欠を作り出した憎き後輩のストーカー。まだ懲りていないらしい。ナイフで軽く足を裂かれたというのに。っていうか、あいつが原因で彼女に殴られるの二回目だ。原因は僕のお節介から来ているとはいえ、なんたる巻き添え。彼もこちらに気付き、視線を僕に移す。対照的に彼女は彼から視線を外さない。さすがは戦士である。
「あれ?先輩は確か、匂いフェチの……?」
彼の言葉を聞いた杉村蜂蜜は、慌てて顔を此方に向ける。おいおい戦士じゃなかったのか?それより、匂いフェチで僕だと認識された事がなんかダメージ大きい。流れる鼻血を止める為に佐藤が用意してくれたハンカチで鼻を押さえる僕を見て、顔を赤らめる杉村蜂蜜。彼女の口から「ろっ……」という言葉が発せられた瞬間、彼女の侵入してはいけない領域に鳩羽竜胆が足を踏み入れてしまう。杉村蜂蜜はその事実を目で確認する事無く鳩羽への攻撃態勢に移り、右手に握られていたトンファーのグリップをきつく握り、誰の目にも留まらない速さでそれは彼に打ち込まれた。鳩羽はそれを防ぐ為の回避行動すら出来ていない。

教室に硬質的な打撃音が響く、その音の大きさにクラスメイト全員がこちらに向き直る。

思わず目を閉じてしまったが少し違和感。
鳩羽に直撃したならもっと鈍い音が響くはずだ。

一陣の風が教室をすり抜ける。

教室は静寂に包まれ、時が止まったかのように誰も動こうとしない。いや、クラスの張りつめた空気に全員が動けないのだ。時が動き出したのは杉村のトンファーから放たれた一撃が鳩羽に当る寸前の所で止まっている事を全員が確認出来てからだ。
よく見ると、トンファーが何か棒の様なものに遮られて、鳩羽への打撃を阻んでいた。

攻撃を繰り出したはずの杉村自身も何が起きたかを理解出来ず、動揺の表情を隠せずに居た。杉村からの一撃を防いだ棒を辿っていくと、鳩羽の背後から誰かが棒を突き出していた。見たことの無い顔。鳩羽の背後から伸びる棒は、よく見ると木刀でその柄を握るのは……誰だ?。鳩羽が杉村を確認してから背後を振りかえると、その命の恩人の名前を口にする。

「東雲 雀(しののめ すずめ)先輩?」

開いていた教室の扉から音も立てず、誰の目にも留まる事の無い杉村の動きを捉え、ピンポイントでその打撃を木刀で防いだ人物が口を開く。

「うちの部員になんてマネをしてくれている?剣道の大会に支障がでたら責任をとってくれるのか?金髪のお嬢さん?」

杉村の表情が厳しいものに変わる。
「こいつは敵だ。邪魔をするな」
「敵の敵は……私の敵だ」

鳩羽の目の前でトンファーと木刀が交差する。
どちらも凶器だ。
杉村がその一歩を踏み出した瞬間、東雲先輩とよばれた女性は鳩羽を後方に引っ張り安全な場所に退避させると同時に両手で木刀を握り直す。杉村からいつの間にか撃ち込まれていたトンファーを木刀を斜めにして受け止める。

「所属と氏名を名乗れ?目的は何?」

「2年B組、東雲 雀 。剣道部副将。目的は……そうだな、鳩羽に用事があって1年の教室に向かったら、ここに居ると聞いてやってきた。そして、後輩君のピンチのように思えたから助けた。」

「そう。貴女は敵?味方?」
聞いといて興味無さそうに答える杉村。
「大きな目で見れば味方。だが、今は敵だ」
この子あほだ。この状況下で敵だと答えたら更に攻撃されてしまう。

折角杉村蜂蜜の警戒が、先程の目的の答えを通じて和らいだというのに。
予想通り、杉村の拳に更なる力が入る。
「敵なら、排除する。誰にもクイーンは傷つけさせない」
「クイーン?女王?あ、そっか、確か君は杉村蜂蜜。イギリスからの転校生だったわね。
大丈夫、あなたの国の女王に敵対するつもりはないわ。」
東雲の警戒態勢が取れて、木刀を下げる。本人は気付いてないが、杉村が時々口にするクイーンは別の事を指していると僕は思う。
その隙をついて杉村は躊躇無く東雲の顔面に向かって攻撃を繰り出す。
卑怯な気がしたが、東雲は東雲で悪い気がする。あくまで戦場での話になるが。
一般的には、東雲は全然悪くない。大きな音を立て攻撃は鳩羽の体にヒットした。杉村の攻撃に反応して鳩羽が間に体を挟んできたのだ。
「おまえ!何を馬鹿な事を!」「いえ、いいんです。これは僕の問題ですか……ら……」
鳩羽が苦しそうにその場に蹲る。更に続ける鳩羽。
「東雲先輩も……気にしないで下さい、これは僕が好きでやっている事ですから」
と言い残し気を失う鳩羽竜胆君。全くもってストーカー君の言う通りなのだが、事情を知らない東雲は憤り、怒りを露わにする。対する杉村は冷静だ。ワンステップバックして、背中に隠し持っているトンファーをもう1本取り出し、今度は左手にも装着する。

クラスメイトは何時の間にか教室の隅の方まで退避していた。逃げ遅れたのは、僕等3人組だけである。こんな時に学年代表の田宮稲穂は、荒川先生の用事で職員棟に居る。鳩羽が倒れた今、止める人間は僕以外居ない。鼻血は止まった。よし!
僕は介抱してくれている佐藤の安全を確認した後、立ち上がる。すぐさま僕を止めに入る佐藤、若草も僕の肩を掴んで制止する。いつもは僕に杉村探しの旅に出掛けるように促す2人も危険を敏感に感じ取っている。でも止めなければ、東雲さんの命が危ない。剣道部とはいえ一般の女子が特殊訓練を受けた化け物染みた杉村蜂蜜に敵うはずが無い。

木刀を一転して下段に構える東雲。
「許さない。お前の行ないは武士道にあるまじき愚行だ」

2本のトンファーを両腕に構える本気の杉村蜂蜜。
「武士道?そんな精神論、戦場じゃなんの役にも立たないわ。諦めて死になさい」

固唾を飲んで見守る観衆。

これまでは一方的に杉村が他者を叩きのめす場面しか目撃して来なかった。
しかし、これはどういう事だ?
いつの間にか放たれた杉村の初撃は、きっちりと東雲の木刀により受け止められ、往なされ、反対側からの一撃が放たれようとしたのを敏感に感じ取った東雲はそのまま間合いを無くし、全身で体当たりする。身長差で言うと東雲の方が杉村をゆうに越している為、体格差でパワー負けした杉村は近くの机に激しく叩きつけられる。

この東雲雀という子は結構やる。
その辺の男子より、下手したら杉村蜂蜜以上かも知れない!

初手は自らが優位に立ったとはいえ、微動だに表情を緩めない東雲。
そして武士道を貫いく為か、尻餅をついている杉村に一切追撃しようとしない。

まさに武人である。

するりと音も無く無動作で東雲に襲いかかる杉村は交差するように棍を振り抜き、互いに上段と下段を狙った打撃を放つ。

上段からの攻撃を木刀で防ぐが、下段からの攻撃を受けきれず、足を救われてしまう。
体格差のある相手を責めるにはまず足から潰す。杉村は最初から足を狙っていたのだ。

そこから杉村の猛攻は止まらず、姿勢を低くした状態から次々と棍を打ち込んでいく。
対する東雲は、姿勢を崩したまま打撃を避け、それ以上踏み込まれないように木刀の切っ先で相手を牽制している。

このままでは東雲の方が危ない、そう判断した僕は止める為に中断を促す。

「辞めろ、杉村!それ以上は……!」

勢いよく距離を詰めて呼びかけた僕に僅かながらに反応する杉村、しかしその勢いは止まらなかった。

だが、相手はその僅かな隙を見逃さなかった。

低い姿勢から体のバネを十分に利用して僅かに出来た杉村の隙を、木刀の切っ先が捉える。

再び教室内の時間が止まった。

木刀の切っ先は、杉村の鼻先僅かな所で静止していた。

それは完全な決着を意味していた。

「それ以上近付くなら、そのかわいい鼻先を潰す事になるぞ」

何やら呟く杉村。

「……クイーンの顔に傷は付けられない。そちらの要望、了解した」

互いの間合いを離すと、それぞれの得物を収める両者。

杉村は、倒れた自分の席を元に戻すと何事も無かったかのように席に着いた。
対する東雲はどこか嬉しそうな顔をして鳩羽をお姫様抱っこして連れていく。

扉の前で一度杉村の方に向き直ると、一言付け加えた。

「そこにいる男の呼びかけが無ければ、私はお前にやられていた。
その強さ、認めよう。まだこの学校にも猛者がいたのだな。いずれ決着は付けよう」

フフフッ、と笑いながら2年A組を後にする東雲雀。
それに対して特に反応を示さない杉村。

僕は一言呟いた。

「また変な奴が1人増えた」

※ある男子生徒の報告4……
杉村蜂蜜に好敵手が出来ました。
その子の名前は「東雲 雀(しののめ すずめ)」。
高身長でセミロングの黒髪。前髪をヘアピンで止めているのが印象的で、武士道を貫く武人でした。

posted by 管理人哀原 なつき at 15:20| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月28日

第7章 蜜蜂の日記

※3月18日 計画

どんなに脱獄不可能な牢獄であろうと私の手に掛かれば造作も無い事だ。フハハ。
この屋敷の見取り図は頭に叩きこまれている。我が家だしね。入れ墨む必要も無い。
そしてそこに住む住人の時間帯による行動パターンも把握済み。
あとは……実行に移すだけ。なんかテンション上がっちゃって書いちゃったけど、この
内容、後日見たら絶対に後悔する。あ、この日記帳はここに残していく訳にはいかない
わね。

※4月1日 プリズンブレイク

行動を起こし、しばらくしてから心配になってくる。
書置き的にはあれってアウトなのかしら?大丈夫よね?
≪今日は学校が終わってから寄る所があるので、少し遅くなります。(ニッポン)≫
ちゃんと目的地は書いてあるし(最初は書くつもりは無かったので( )扱い)
部屋から玄関までのセキュリティは……確かに違法な手段で掻い潜ったけど、
シークレットサービスの何人かは倒しちゃったけど、多少の犠牲は止むを得ないわ。
そもそもセキュリティって外敵からの侵入を拒むもの。家の住人を縛り付けるものでは
無いはず。あ、ママには内緒でもお手伝いのミニーや、ゼノヴィアには言っておいた方
が良かったかな? 結果オーライよ。
兎に角私は専用の旅客機を経由して日本に潜入成功。入国しています。
久しぶりの日本の街並みは……相変わらず統一感の無い不揃いな印象を受けるけど、な
ぜか暖かい印象を受ける。昔出掛けた韓国や台湾、他のアジアの国とはまた違った空気
感がある。それは恐らくそこに暮らす人々の人柄から滲み出たものなんだろうと思う。
さすがワサビの国だ。ん?ワラビ?ワビサビ? さてと、私の目的は2つある。
1つ目はパパに久しぶりに会う為。2つ目は……。

※4月10日 思いのほか

トントン拍子で事は運ぶ。さすがパパ。
なんだかんだで彼の居る高校に正式(?)に入学する事が出来た。
彼の無事も確認出来た。涙が出そうになった。けど我慢。
彼が私の事をどう思っているかなんて解らない。
もしかしたら私の事なんて覚えていないのかも知れない。
それに私が……近付くと彼に悪い影響が出るかも知れない。
あの後、彼はどういう人生を送ったのだろ。
周りの人間は?警察は?彼にどういう判断を下したのだろ。
何も知らない。解らない。

けど、今日の彼の雰囲気を視る限り、大丈夫そうだ。
大丈夫、きっと大丈夫。ろっくんは何も悪く無い。
悪いのはあの男と……

それにしても、事態があまり大事にならないうちに本国に帰るつもりだったけど、どこ
か違和感。家出娘こと私に対してパパが妙に寛容だ。
パパと久しぶりに会ったら、なんだか数年前と比べて元気が無いみたい。
仕事も、タクシーの運転手になっていてびっくり。
拘束時間も長いらしく、その性で家でもなかなか会えない。寂しいな。

それはそうと、早く私の高校の制服届かないのかな?
日本の制服はやはりキュート、プリティカルヒットあるよ!

今日は転校初日、クラスメイトは少し大人しい感じはするけど、雰囲気がいいクラスで
良かった。私、やっぱり浮いているのかな?おかしいな、日本に来るとどうしても私は
浮いてしまうようだ。いや、英国でもなんだか特別扱いはされていたけど。

タミヤという委員長?さんは口調は厳しいけど、ジャパニーズビューティー、綺麗な人
だった。口調は厳しいけど。多分、真っ直ぐで優しい人。クラス名簿もわざわざ作って
渡してくれたしね。担任の荒川先生は、なんだか適当な気がする。
7年経った今、ろっくんの横には私では無くて違う女の子が横に居る。
本来ならそこは私の居場所であったはずなのに……あぁ、ダメ、こんな事を書いたら余
計に悲しくなるわ。いいの、彼がそれで幸せなら。……あ、いけないわ、ついつい長く
なってしまった。

日記帳の今日の日付の枠を飛び出して2日分書いてしまった。
しばらく日記はお預けね。おやすみなさい。

※4月20日 教室がメチャクチャに!

登校したら、教室が荒らされていた。
あの黒板に書かれていたメッセージは恐らく私に宛てられてものだ。

ろっくんは何も気付いていないようだった。
よかったそれだけ解れば十分。
あぁ、ダメ、動悸が激しくなる。
無い無い有り得ない、あいつが私を追いかけてくるなんて出来ないはず。
なら誰?誰がしたの?私の事を天使と呼び、浄化をするように迫って来た事実を知るの
は一部の人間だけ。あの件は英国が関与し、情報統制が図られたはず、有り得ない。
ダメ、ダメ、ダメ、あの事件の真実が暴かれる事はあってはいけない。
なんの為の私の7年間だったの?憎い、あいつが憎い。本来なら彼と平穏に過ごす事の
出来た日本での7年間を奪った奴が憎い。なんとしても犯人を……あいつを探し出さな
いと。ろっくんの為にも。

※4月22日 夜

学校に忍び込むと先客が居た。
なんで?なんで……彼女が教室にいるの?
私は何か彼女に聞かれた気もしたけど、その場から逃げ出した。
彼女の他に違う大人も居た。呼び止められたけど構うもんか。
あなたも逃げて?彼に殺されてしまうわよ?
違う、彼女は違う、私の知っている彼女はあいつに殺された。
首を絞められ、あいつに腹を切り裂かれ、内臓を……!
あぁ、ダメだ。あいつはやっぱり私の事を追い詰め、殺そうとするのだ。怖い、憎い。
私から奪った7年間とこの先にある私の未来をも残らず搾取する為に姿を現したんだ。
私は勝ち取ったはずでは無かったの?死の淵から私の未来を。
させない、そんな事はさせない、させない。絶対に!

※5月6日 最近

記憶が曖昧だ。誰かが、何かが私の中に居る。
あいつとは違う、新しい誰かだ。

最近体に力が入らない。

やめて、嫌、みんな私に近付かないで?
私はあいつを抑え込むのに必死なの。だからお願い、皆近付かないで!

※5月15日 気が付くと

目の前にはたくさんの人が倒れている事がある。誰がやったの?
知らない振りはいけない。これを全てやったのは私だ。

あの子と私の記憶は全て共有されている。
あの子は私を守ろうとしてくれているのだ。
それだけ、それだけなの。だから彼女に罪は無いの。
あるのは私にだけ。誰かが私を殺そうとしている。
教室を荒らした人間が恐らく犯人だ、一体誰?
男?女?何言ってるの?北白は男、なんだ、殺せばいいのよ!
男全員、ろっくん以外のね!!

※5月20日 てへぺろ?

あぁ、もう死にたい。最悪だ。
絶対に嫌われた。きっとそのうちゴリラ女とか言われるんだわ。
あぁ、最悪。何が最悪って、つい反射的に手に握られていたトンファーで
彼を気絶させてしまったから。しかも私が。絶対に嫌われた。

泣きたい、っていうより、帰って来てから1人で泣いた。

でも保健室でろっくんのおでこに触っちゃった。傷跡はやっぱり残ってた。
早く、早く犯人を見つけないと、彼までもしかしたら殺されてしまうかも知れない。
急がないと。

posted by 管理人哀原 なつき at 17:39| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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